『男の気持ち』3年目

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1件の返信

  1. アバター 宮木慎次郎 より:

    はじめまして。
    ここで、私の拙い投稿文に出会えて驚きとともに深い感謝の念に打たれました。
    以前、母が存命の頃、投稿したものが出て参りました。
    恥ずかしながら、ここに残しておきたく思います。
    ご笑読下さいませ。

    男の気持ち
    意気軒高な母 福岡県直方市・宮木慎次郎(63歳)
    毎日新聞2016年8月5日 西部朝刊

     「幾山河越えさり行かば寂しさの終(は)てなむ国ぞ今日も旅ゆく」(若山牧水)。車窓に広がる景色を見ていると、この和歌を思い出す。

     ショートステイ施設に入っている91歳の母は要介護5だが口は達者だ。数日間、介護から解放された私は毎日1時間だけ母に会いに行く。甘酸っぱい梅干し、冷えた栄養ドリンク、大福餅、それに今日は熟したミニトマトもある。もう忘れ物はないはずだと思うのだが、近ごろめっきり記憶がおぼつかない私にとって、母の前に出るということは入社試験の面接に等しい。

     母の青春は戦争真っただ中に過ぎた。その兄はゼロ戦を棺として太平洋へ散華したが、母は大正、昭和、平成を臆せず生きてきた。その厳しさからか私は母の涙を知らない。人前で取り乱すことのない母にも隠れて泣くこともあったろうにと思う。

     とはいえ長男の私にいつも父のお墓掃除を命じ、その報告を逐一聞くのを慣例として容赦なしの母。一方では、私には駄々っ子の母でもある。

     先日も冷えたスイカが食べたいと言いだした。たまりかねた私が「スイカはまだ店頭に並んでいない」と言ったら「昨日の昼食のデザートがスイカだった」とぽつり。あまりに悔しかったので「それは冷凍物」と言ったら「目の前で切り分けていた」と。

     分かったよお袋さん、飛び切り甘いのを買ってくるから待っていろよ。実は意気軒高な母を前に、心から天に感謝している、もうひとりの私がいるのでしょうがない。

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